日本にいるほとんどの人にとって最も大きな資産は不動産です。
不動産を売却処分することは民法に規定された売買契約に該当し、非常に大きな金額が動くため不動産の名義人本人の明確な意思、判断能力が必要です。
不動産の名義人が認知症などで判断能力が低下している状態のとき、不動産を処分するために裁判所の許可が必要になることがあります。
認知症になった方名義の不動産を売却処分するための方法、流れ、注意点などを解説します。
通常の不動産売却までの流れ
認知症などになっていない方が不動産を売却する場合の通常の流れは大きく次の3つです。
(1)売主と買主の売買契約
(2)買主から売主への売買代金の支払
(3)売主から買主への所有権移転登記(司法書士が行う)
不動産の名義人が認知症などの場合
不動産の所有権登記名義人が認知症や寝たきりなどによって判断能力が低下している状態であるとき、先ほどの不動産売却の3つの流れの間に、いくつかの別の手続きを踏まなければならなくなります。
1.成年後見制度を利用している
認知症になっている不動産の名義人が既に成年後見制度や任意後見制度を利用し、任意後見人や成年後見人が選任されているケースは、本人に代わって成年後見人や任意後見人が不動産を売却することになります。
居住用不動産
認知症になったご本人が今住んでいる不動産、病院や施設に入る前に住んでいた不動産などは「居住用不動産」と呼ばれます。
成年後見人が居住用不動産を売却するときは、成年後見人は不動産の処分に関して裁判所の許可を得なければならず、裁判所の許可を得ずにした契約や所有権の移転(名義変更)は無効になります。
したがって、成年後見人が認知症になった方の居住用不動産を売却するときの流れは次のようになります。
(1)成年後見人と買主の条件付き売買契約
(2)家庭裁判所に不動産処分許可の申立て
(3)買主から売主への売買代金の支払
(4)売主から買主への所有権移転登記
居住用不動産ではない
不動産の名義人が認知症になり成年後見人が選任されている場合であっても、本人の居住用不動産以外の不動産、例えば駐車場や収益物件を売却する場合は家庭裁判所の許可が必要ありません。
成年後見人が認知症になった方の居住用以外の不動産を売却するときの流れは、通常の不動産の売却処分の流れと同じです。
2.成年後見制度を利用していない
成年後見制度を利用していない方が認知症などで判断能力が低下している疑いがあるとき、不動産の売却処分はかなり慎重な対応が求められます。
現在の状況に応じた次のような対応方法が考えられますので、順にみていきましょう。
医師から認知症の診断を受けていない場合
不動産の名義人が認知症になっている疑いがあるものの、医師から認知症の診断を受けていない状態であれば、登記を実行する司法書士が意思確認を行います。
不動産の名義を移転する場合、ほぼ間違いなく司法書士が登記手続きを行います。そして、不動産は非常に大きな資産であるため、登記を実行する司法書士が、不動産の所有者に対して売却する意思確認、名義人本人であり、なりすましでないことの確認を行います。
不動産の名義人である方が認知症の疑いがある場合は、不動産の売買契約前に司法書士が売主の意思確認、本人確認を行い、問題なければ通常の不動産売却と同じ流れで手続きを進めます。
(1)司法書士が売主に意思確認、本人確認
(2)売主と買主の売買契約
(3)買主から売主への売買代金の支払
(4)売主から買主への所有権移転登記
司法書士が意思確認、本人確認をした結果、判断能力が低下していることが明らかである場合、成年後見制度の利用をしたうえで、成年後見人・保佐人・補助人が改めて不動産を売却することになります。
判断能力が低下しているにもかかわらず不動産の売買契約や所有権移転手続きをしてしまうと、後から取消や無効の対象になるリスクがあるため、判断能力に疑いがある場合は必ず成年後見制度を利用してから手続きを進めましょう。
医師から認知症の診断を受けている場合
不動産の名義人が医師から認知症の診断を受けている場合、すぐに不動産を売却処分することはできず、まずは成年後見制度の利用から始めます。
(1)家庭裁判所に成年後見制度利用の申立て
(2)成年後見人と買主の条件付き売買契約
(3)家庭裁判所に不動産処分許可の申立て
(4)買主から売主への売買代金の支払
(5)売主から買主への所有権移転登記
不動産売却処分の流れまとめ
不動産の売却処分までの流れを、通常の場合、成年後見人がいる場合、成年後見人がいない場合でまとめると次のとおりです。
通常のケース | 既に成年後見人が選任されている | 成年後見人がおらず、意思がはっきりしている | 成年後見人がおらず、判断能力が低下している | |
---|---|---|---|---|
売主の事前の意思確認 | ― | ― | 〇 | 〇 |
売買契約 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
家庭裁判所の許可 | ― | 〇(居住用以外 の不動産は×) | ― | 〇 |
売買代金の支払 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
所有権の移転 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
認知症になった方の不動産を売却する際の注意点
無理に進めると後で無効や取り消しになることがある
認知症などで判断能力が低下している人は、自分自身で契約などの法律行為をすることができない状態と考えられています。そのため、認知症になった方と無理やり売買契約を締結し、名義を移転させたとしても、後から判断能力の低下を理由に取り消されたり、無効になってしまうリスクがあります。
認知症になっている疑いがある人の不動産を売却処分したい場合は、判断能力に問題がないかどうかを医師に診断をしてもらい、必ず司法書士に依頼して意思確認をしましょう。
不動産を処分するか否かは成年後見人が決定する
認知症になったご本人に成年後見人がついているとき、不動産を処分するか否かは最終的に成年後見人が決定します。
ご本人が認知症になる前に「私がぼけたら家は頼んだ」などと言っていたとしても、ご本人にとって必要であると考えれば成年後見人が不動産を売却処分することはありません。
家庭裁判所の許可がいることが多い
認知症になったご本人の不動産を売却する際は、居住用不動産に該当することが多いため、家庭裁判所の許可が必要になることがほとんどです。
家庭裁判所の許可や、その前提として成年後見人の申立から始める場合、通常の不動産の売却処分よりも半年以上期間がかかることがあります。
不動産を早く売却処分したい場合は、なるべく早く司法書士に相談しましょう。
保佐人・補助人は不動産売却の代理権が与えられているか確認
成年後見制度には、成年後見人・保佐人・補助人の3つの類型があり、認知症の程度が重いから成年後見人>保佐人>補助人と分類されます。
成年後見人は本人に関する包括的な代理権が与えられていますが、保佐人と補助人はご本人がある程度自分で考えて行動できる状態であるため、代理権が制限されています。
認知症になった方に保佐人や補助人がついている場合は、保佐人や補助人に「不動産売却処分に関する代理権」が付与されているときに限り不動産を売却処分することができます。
代理権は、法務局で発行される保佐・補助の後見登記事項証明書で確認することができます。
そもそも成年後見制度とは?
成年後見制度とは、認知症などで判断能力が低下したご本人のために、財産管理や身上監護を行う法律上の代理人である成年後見人を家庭裁判所から選任してもらう制度です。
家庭裁判所から選任され、本人の代わりに財産管理を行う人を成年後見人と呼びます。
成年後見人は特別な資格が必要なわけではないので、弁護士や司法書士などの法律専門職のほか、親族がなることもあります。
成年後見人がいる状態の本人を成年被後見人と呼びます。
保佐人とは
保佐人とは、成年後見人と同様に認知症などで判断能力が低下した本人のために、財産管理や身上監護を行う法律上の代理人のことで、家庭裁判所に申し立てることで選任されます。
成年後見人との違いは、保佐は後見よりも本人の判断能力がしっかりしていて、ある程度の法律行為をご自身が行える状態に利用されます。
保佐人は成年後見人と違い本人のために代理できる行為が制限されています。
補助人とは
補助人とは、成年後見人や保佐人と同様に認知症などで判断能力が低下した本人のために、財産管理や身上監護を行う法律上の代理人のことで、家庭裁判所に申し立てることで選任されます。成年後見人、保佐人との違いは、補助は保佐や後見よりもさらに本人の判断能力がしっかりしている状態に利用されます。
成年後見人、保佐人、補助人の違い
成年後見人、保佐人、補助人は次のような違いがあります。
成年後見人 | 保佐人 | 補助人 | |
---|---|---|---|
本人の判断能力 | 低い (事理弁識する能力を欠く常況) | 中 (事理弁識する能力が著しく低下) | 高い (事理弁識する能力が不十分) |
代理権 | 包括的 | 一部のみ | 一部のみ |
取消権 | 日用品の購入以外 | 重要な法律行為のみ | 一部のみ |
同意権 | なし | 一部のみ | 一部のみ |
成年後見人ができること
成年後見人は本人の行為に関する代理権と、日用品の購入を除く取消権を有します。
代理権
代理権とはその名のとおり代理する権限のことで、例えば本人の代わりに高額物品の購入(介護用ベッド、テレビ、壊れた給湯器の交換)を行ったり、病院や施設との入院入所契約をすることができます。
取消権
取消権とは本人が行った契約や法律行為を取り消す権限のことで、本人がサプリメントなどの定期契約を結ばされた場合に取り消すことができますが、日用品の購入は取り消すことができません。
一般的に頻度、回数の多い日用品の購入(お米、ティッシュ、野菜など)を取り消すことができるとなると、生活のすべてにおいて後見人への確認が必要になってしまい、本人の取引の安定性が大きく損なわれ、購入した後で取り消されるリスクを考えてスーパーやコンビニから取引自体を拒否される可能性があるため、日用品の購入だけは後見人であっても取り消すことができません。
身上監護
身上監護とは、本人の生活状況を見守り、本人の生活が安定するように配慮決定することです。具体的には、本人や本人をサポートする福祉関係者等と定期的に連絡を取り、面談等を行ったり、本人のために必要な介護医療サービスを導入したりします。
成年後見制度のことは司法書士に相談
相談~申立てがスムーズ
司法書士は成年後見制度に精通している専門家ですので、ご相談から制度利用までをスムーズに行うことができます。
また、成年後見の申立は家庭裁判所に書類を提出しますが、裁判所への提出書類作成は司法書士か弁護士だけが行えますので、安心してご相談いただけます。
専門家として成年後見人になることができる
専門職の中で成年後見人になっている割合が最も高いのが司法書士です。
司法書士にご相談いただければ、申立てだけでなく専門職後見人として就任を依頼することができます。
相続や不動産手続も成年後見人として行える
後見人として業務を行う中で、相続手続や不動産の処分が必要になることがあります。
司法書士は相続手続きと不動産登記に関する専門家ですので、弁護士や他の専門家が後見人になるケースと異なり、別途相続や不動産登記を依頼することなくそのまま手続できます。