相続手続は、遺言書がなく相続人が複数いる場合に遺産分割を経て行うことがほとんどです。
しかし、相続人の中に認知症や寝たきりで判断能力のない方がいると、その相続手続は時間も費用も通常の相続登記手続よりもかかることになります。
認知症や寝たきりの相続人がいるときの遺産分割方法と、相続登記手続きの流れ、注意点、費用やポイントなどを解説します。
通常の相続登記手続き
相続人の中に認知症や寝たきりの方がいない通常の相続登記手続は、次のような流れで進んでいきます。
相続人調査
まず亡くなった方の法定相続人が誰なのかを公的に証明するために、相続人調査を行います。
具体的には、亡くなった方の出生~死亡までのすべての戸籍を取得し、その後相続人全員の現在の戸籍を取得します。
亡くなった方の出生~死亡までの連続した戸籍を取得することで、婚姻外の認知した子、養子縁組の有無、婚姻歴や子供の数などを把握することができます。
財産調査
亡くなった方の財産が詳しく分かっていないと相続手続きはできません。
不動産であれば自宅にある権利書や毎年役所から届く固定資産税納税通知書をもとに市区町村長に対して名寄せを行います。
預貯金の有無であれば現存照会、預貯金の額であれば残高証明書の発行を各金融機関に対して請求します。
遺産分割協議
相続人が複数いて、法律で定まった割合(法定相続分)以外の割合で財産を相続するとき、相続人全員による話し合い=遺産分割協議を行います。
この遺産分割協議によって、誰が何をどれだけ相続するのかを決定します。
遺産分割協議書への署名押印
遺産分割協議がまとまれば、合意した内容を記載した書類=遺産分割協議書に相続人全員が署名のうえ実印で押印し、印鑑証明書を添えます。
相続登記、解約手続
遺産分割協議書への署名押印ができると、その後の具体的な相続手続(相続登記、預貯金の解約、株式の移管)ができます。
相続人の中に認知症や寝たきりの方がいる場合
相続人調査~財産調査は同じ
相続人の中に認知症や寝たきりの方がいる場合でも、他の相続人からの依頼があれば通常の相続と同じく相続人調査や財産調査は問題なく行うことができます。
遺産分割協議ができない
相続人の中に認知症や寝たきりの方がいる場合、遺産分割協議ができません。
遺産分割協議とは、亡くなった方の財産を確定的に取得する重要な法律行為であり、基本的にやり直しができません。
判断能力が低下している状態の方が単独で遺産分割をすると、他の相続人に言いくるめられたり、よく理解できないまま書類に署名押印をして不利益を被る可能性があります。
そのため、判断能力が低下してる方がいる場合は成年後見人・保佐人・補助人と呼ばれる法定代理人が本人の代わりに遺産分割協議に参加し、本人の相続に関する利益を保護します。
裁判所で成年後見人や特別代理人を選任
認知症や寝たきりで判断能力が低下している人が遺産分割協議に参加する前提として、代理人となる成年後見人や特別代理人を選任します。
成年後見人や特別代理人は家庭裁判所に申し立てをすることで選任されます。
管轄の家庭裁判所によりますが、申立て書類の収集~後見人選任完了までおよそ6か月はかかります。
特別代理人とは、未成年者の子とその親がともに相続人になる場合や、後見人と本人がともに相続人になる場合のように、法定代理人と利益が相反する本人が遺産分割協議をするときに選任される一時的な代理人を指します。
遺産分割に関して裁判所の承諾を得る
成年後見人や特別代理人が選任された後は、本人の代わりに遺産分割協議に参加して相続人と話し合います。
ただし、成年後見人や特別代理人は本人の財産的利益を保護することが目的であるため、本人が財産を取得しない内容の遺産分割協議には合意しませんし、裁判所の許可承諾も得られません。
本人は最低でも法定相続分にあたる財産を取得することが遺産分割協議成立の要件です。
後見人や特別代理人は報酬が発生する
成年後見制度を利用すると後見人報酬として報酬が発生します。(毎月2~3万円程度)
また、遺産分割協議や不動産の売却など、一般的な成年後見人の業務を超える業務を行った場合は、追加で報酬が発生します。
特別代理人に対しても遺産分割協議への参加をする対価として報酬が発生しますが、後見人と違い一度きりで役目を終えるため、以降毎月報酬が発生することはありません。
通常の相続手続きとの比較
通常の相続手続と、成年後見人や特別代理人を選任する相続手続きとの違いについて、流れや期間の違いをまとめると次のようになります。
〇:する ×:しない
通常の相続 | 認知症の方がいる相続 | |
相続人調査 (1か月) | 〇 | 〇 |
相続財産調査 (1か月) | 〇 | 〇 |
後見人・特別代理人選任 (6か月) | × | 〇 |
遺産分割協議 (2週間) | 〇 | 〇 |
裁判所の許可承諾 (1か月) | × | 〇 |
遺産分割協議書の署名押印 (2週間) | 〇 | 〇 |
相続手続 (1か月) | 〇 | 〇 |
期間 | 4か月程度 | 1年以上 |
一概に比較はできませんが、認知症の方がいる相続手続きの場合、成年後見人の申立や裁判所とのやり取りの時間が生じますので、全体として1年程度時間がかかることは珍しくありません。
通常の相続との費用の違い
通常の相続手続きを司法書士に依頼すると、専門家報酬は10~15万円程度のことが多いですが、認知症の方がいる相続の手続きは後見人申し立ての手続きが絡むため、通常の相続手続よりも20万円ほど高額になる傾向があります。
認知症の方がいる場合の相続の注意点
遺産分割協議ができない
先ほど説明したとおり、認知症などにより判断能力が低下している人がいる場合は、成年後見制度を利用しないかぎり遺産分割協議ができません。
仮に本人が相続人の質問に対して「うん」「任せる」といった意思表示をしていたとしても、その意思表示が財産を相続しない(自分が本来もらえるはずの財産を手放し、不利益を被ることを受け入れる)ことまでを理解している状態とはみなされません。
この状態で無理に遺産分割協議を進めてしまうと、のちに遺産分割協議自体が無効になる可能性があります。
認知症の方は相続放棄できない
認知症になっている方は自分自身が単独で有効な法律行為をすることができないとみなされます。
そのため、その方が借金を相続しそうになっている状況でも、相続放棄をすることができません。
また、他の相続人が代理で手続きをすることもできません。
相続放棄をするためには、後見制度を利用して後見人が法定代理人として相続放棄をすることになります。
認知症になる前の相続対策
認知症になってからだと、できる対策が少なくなります。
認知症になる前に、いかに将来を考えて対策を打っておくかが重要です。
任意後見契約
自分が将来認知症になったときに備えて、自分の後見人になる人をあらかじめ指定しておく契約です。
成年後見制度は、裁判所が後見人を選ぶため、まったく見ず知らずの第三者が後見人になることもありますが、任意後見契約は自分が指定する人との契約ですので、指定された人が先に死亡したり認知症にならない限りは確実に任意後見人になります。
遺言書の作成
認知症で判断能力が低下すると遺言書を作成することも難しくなります。
認知症の方が存命の間は遺言書が約に立つことはありませんが、認知症の方が亡くなった時に相続人に権利が承継され、相続争いや相続税が発生することはよくあります。
将来の相続争いや相続税の軽減対策として、遺言書を作成することは非常に重要です。
家族信託
家族信託は認知症になる前にしか契約できませんが、家族信託制度を利用することで財産を信頼できる人に託すことができます。
家族信託制度を利用することで、本人が認知症になってしまっても財産を処分、活用することができます。