相続放棄とは?
相続放棄とは、法定相続人が亡くなった人が残した遺産(相続財産)を受け取る権利を放棄することを指します。
この放棄には、被相続人の負債(借金など)を引き継がないという利点がありますが、それと同時に全ての財産(現金、不動産、株式など)を放棄することになるため、慎重な判断が求められます。
相続放棄のメリットとデメリット
相続とは全てを包括的に受け継ぐ行為で、それはプラスの財産だけでなく、マイナスの財産(債務)をも含みます。
相続によって全てを無条件で受け入れることがベストの選択肢であるとは限りません。
そこで、ここでは相続放棄という選択肢を考察します。
相続放棄は、一見すると遺産を放棄するだけの行為のように思えますが、その背後には周りの方や手続に様々な影響を及ぼす可能性が潜んでいます。
相続放棄がもたらす可能性のあるメリットとデメリットを詳細に探ります。
相続放棄のメリット
被相続人の借金を相続せずに済む
相続放棄をすることで、亡くなった方が生前に負っていたマイナスの財産=債務を相続せずに済みます。
また、借金があるかどうかさえも不明な場合、例えば長年にわたり疎遠になっているケースや、浪費癖や借金の噂が絶えない方のケースなど、全体像を把握できない場合にも有効です。
相続の揉め事に関わらずに済む
相続は、資産だけでなく相続人個人の感情が大きく影響しますので、遺産の分割を巡って相続人間で争いが起きることは珍しくありません。
相続人間の利害が交錯し、長年にわたる関係が揺らぎ、亀裂が生じることも少なくありません。
このような揉め事に巻き込まれることなく、精神的な平穏を保つためには、相続放棄が有効な手段となり得ます。
相続放棄を行うことで、遺産分割や相続を巡る潜在的なトラブルから距離を置くことができ、家族関係の維持や個人の心理的負担から解放されるメリットがあります。
相続放棄のデメリット
相続放棄には、借金の引き継ぎを避けるなどのメリットがありますが、一方で重要なデメリットも存在します。その意味を深く理解することで、より明確で合理的な決定が可能になります。
全ての相続財産を手放すことになる
相続放棄を選択すると、その結果として被相続人が残した全ての財産を手放すことになります。
これは負債だけでなく、現金、不動産、株式、遺品などの動産、さらには家族が世代を通じて大切にしてきた思い出の品なども含まれます。
やり直しがきかない
相続放棄は一度行うと、後述する「単純承認みなし」にならない限り取り消すことができない決定です。
これは、法的に規定されているため、慎重な判断と準備が必要となります。
具体的な遺産の評価、借金の確認、そして法的な手続きを適切に行うための専門家との相談など、相続放棄の申し立て前には十分な調査と理解が不可欠です。
ほかの相続人間でトラブルになる可能性もある
全ての相続人が同時に相続放棄を選択しない限り、その選択は遺産分配のバランスを大きく崩す可能性があります。
具体的には、一部の相続人が相続放棄を行うと、その放棄した分の財産は残りの相続人に分配されることになります。この結果、相続人間での遺産の分配比率が変動し、新たな争いや緊張を引き起こす可能性があります。
また、同順位の相続人が放棄した結果、別の順位の相続人が繰り上がりで相続することになります。
例えば、被相続人の子どもが全員相続放棄した結果、被相続人の兄弟姉妹(放棄した子どもから見て叔父叔母)が相続人になるケースがあり、借金の存在を知ったうえで放棄した子どもと、何も知らずに相続人になってしまった叔父叔母との関係が悪化することがあります。
このような状況を避けるためには、相続放棄の意向を家族や親族間で共有し、その結果を理解してもらうことが重要です。
可能であれば、専門家の意見を求め、公平な解決策を求めることも重要です。相続放棄の選択は、遺産に関する深遠な影響だけでなく、家族間の関係にも影響を及ぼす可能性があるため、その全ての影響を熟慮することが求められます。
実家を相続する際の流れ
①相続人調査
まず、亡くなった方の法定相続人が誰であるかを調査します。
具体的には、被相続人の出生~死亡までの戸籍を取得し、配偶者、子ども、兄弟姉妹の存在などを確認します。
②財産調査
①と同時に相続財産を把握します。株式、預金、不動産、債権、保険などです。
さらに、被相続人の死亡時点での負債も調査することで、遺産の価値を正確に理解することが重要です。
金融機関や消費者金融からの借入であれば、信用情報機関と呼ばれる機関に照会することで債務を把握できます。
③相続放棄するか判断
相続人と相続財産を確認した上で、相続放棄するか否かを判断します。財産と負債を考慮し、適切な選択を行う必要があります。
相続放棄が難しい・できないケース
相続放棄が難しい、あるいは実現不可能となる具体的なケースを見てみましょう。
相続放棄が可能な期間を過ぎてしまった場合
相続放棄は、相続人が自己のために相続の開始があったことを知ったときから「3カ月以内」にしなければなりません。この期間を熟慮期間と言います。
民法では、上記3カ月の期間以内に相続人相続放棄や限定承認をしなかった場合、単純承認をしたものとみなすとの規定がされています。
そのため、相続があったことを知っていたにもかかわらず、何もせずに放置していると相続放棄ができなくなる可能性があります。
ただし、上記3カ月という期間についても、財産調査が難航していることなどを理由に、相続放棄の期間延長の申立てをすることで、3カ月という期間を延ばすことが可能なケースもあります。
単純承認が成立した場合
相続財産を使ったり売却したりしてしまうと、法律上「単純承認」が成立し、相続放棄ができなくなります。
例えば、相続人が相続財産の一部を処分した場合などは、法律上単純承認したものとみなされる規定があります(民法921条)
このように、法律上単純承認とみなされてしまうことを法定単純承認といいます。
ただし、例えば、財産処分といっても、被相続人の葬儀代を支払ったにすぎない場合などは例外的に相続放棄をすることができるケースもあります。
被相続人の自宅に住んでいる場合
相続人が被相続人の自宅に住んでいる場合、その住宅を自分のものと認識していると解釈され、単純承認が成立する可能性があります。そのため、自宅に住んでいる場合は相続放棄が難しい場合があります。
相続放棄をしないで借金を整理する方法
相続放棄は、負の遺産から身を守るための手段の一つですが、これを選択すると財産全体を放棄することになります。
しかし、相続人は全ての遺産を手放すことなく借金の整理を行う選択肢もあるので見てみましょう。
プラスの財産を処分して借金を返済する
相続放棄せずに借金を整理する方法の一つとして、具体的には相続財産の中で価値があるものを売却し、その収益で借金を返済するという手段があります。このアプローチにより、一部の財産を保全することが可能となります。
例えば、被相続人が所有していた不動産や株式、美術品など、査定や市場価格を通じて一定の価値が認められる財産があれば、これを適切なタイミングと方法で売却することが考えられます。売却によって得られた資金は、相続した借金の返済に充てられます。
この方法を採用するメリットは、資産と負債を比較し、手元の資産をいくらか処分して債務を弁済することで、その他の資産を相続できる点にあります。
例えば、保有株式を現金化したり、不要な不動産を一部売却するなどして債務を弁済することで、預金などを相続することが可能となります。
ただし、把握漏れの債務や債務の算定に誤りがある場合、資産を全額処分しても債務が残るリスクもあります。
限定承認の申述
相続には、すべてを相続する単純承認、すべてを放棄する相続放棄のほかに、プラスの財産>マイナスの財産のときだけ相続する「限定承認」という制度があります。
この制度を使えば、いわば被相続人のプラスの財産の範囲でのみ債務弁済の責任が生じるため、債務だけが相続人にのしかかるといった事態を回避できます。
ただし、これは法定相続人全員が一緒に申述しなければならず、相続財産管理人選任のもと速やかに財産目録を作成し官報公告を行う必要があるなど、一般の方が利用するには非常に大きなハードルがあります。
また、通常は弁護士が相続財産管理人として財産を把握、処分していきますので、専門家費用も高額になります。
相続放棄をするかどうかで悩んだときのポイント
このセクションでは、相続放棄をするかどうか悩んでいる際の、判断ポイントを考察します。
相続するか放棄するかの判断基準
①マイナスの財産と被相続人の性質
相続放棄するほとんどの方は、「借金を相続したくない」を理由に挙げています。
単純に借金の存在が明らかになっているケースだけでなく、関係が疎遠であったり、生前の被相続人の性質(浪費癖、お金を無心していた等)から、放棄を選択します。
被相続人に借金があるのか、被相続人の性格などを考えて放棄を検討します。
②相続人同士の関係
放棄すると、他の相続人の相続分に影響するだけでなく、順位が繰り上がって他の親族が新たに法定相続人となることも考えられます。
相続放棄は将来にわたって影響する問題ですので、最終的には周りの方に関係なくご自身の判断で行うことになるのは言うまでもありませんが、自分だけが相続放棄を選択すれば良い関係性なのか、他の人は相続をする予定なのか等、今後の親族間の関係性によって放棄すべきをも検討してみましょう。
③プラスの財産の内容
たとえ借金があるからといって必ずしも放棄が得策とは限りません。
住宅ローンなどの債務は通常団体信用保証という特約に加入しており、被相続人が所有する不動産で被相続人が亡くなると債務は消滅し、不動産をそのまま相続することができます。
また、株式や預金の調査の結果、借金の額を大幅に上回るプラスの財産があれば、借金を含めて相続する方がメリットがあります。
実家の相続でまずやるべきこと
実家の相続を行う際には、まず最初に相続人と財産の全体像を把握することが重要です。具体的には、亡くなった家族が所有していた全財産をリストアップし、その詳細な評価を行います。また、登記簿謄本の取得や負債の確認など、正確な財産評価のための手続きを進めます。
専門家の助けを借りることも有効です。司法書士などの相続の専門家からアドバイスを得ることで、財産評価の精度を高め、適切な相続の方向性を見つけることができます。
相続放棄の全体スケジュール
相続放棄には以下の流れが一般的です。
①財産調査をおこなう:~1ヵ月
最初に、被相続人の財産と負債の詳細な調査を行います。銀行口座や不動産、借金等の情報を集める作業が含まれます。
②相続放棄の必要書類の準備:~2ヵ月
次に、相続放棄の申し立てに必要な書類を準備します。これには、死亡診断書や戸籍謄本などが必要です。
③相続放棄への申し立て:~2ヵ月半
最後に、家庭裁判所に相続放棄の申し立てを行います。
申し立て後、裁判所が受理するまでには通常数週間~1か月程度かかることが一般的です。
相続放棄にかかる費用
司法書士、弁護士費用
相続放棄の専門家は司法書士または弁護士です。
費用は依頼先の司法書士や弁護士によって変わりますが、一般的に相続人1名あたり数万~10万円程度になります。
相続放棄をご自身でされる方もいますが、万が一家庭裁判所への申述が間に合わないと、借金を相続してしまうこともあります。
そのほか、財産調査のために相続の専門家である司法書士や弁護士に相談するのも有効な手段です。
印紙や郵便切手などの実費
相続放棄は家庭裁判所に対して行います。
その際、戸籍取得、申立印紙、郵便切手などの実費が数千円~1万円程度かかります。
まとめ
この記事は土地、家、株式、預金などの相続放棄に関して、そのメリットとデメリット、さらに具体的な手続きや費用、相続放棄が難しいまたはできないケースについて詳しく解説してきました。
相続人が相続放棄を選択することで、被相続人の借金を引き継がなくて済む利点がある一方、全てのプラスの財産を手放すことになり、また一度行った相続放棄は取り消せない、というデメリットも存在します。
さらに他の相続人との間でトラブルが生じる可能性もあります。
相続放棄はすべての状況で可能なわけではなく、特定の期間を過ぎてしまったり、単純承認が成立していたり、被相続人の自宅に住んでいる場合などでは相続放棄ができないことがありますので注意が必要です。
借金の問題を解決するためには、相続放棄だけでなく、プラスの財産を処分して借金を返済するという方法もあるので、相続放棄をするかどうかで悩んだときの判断基準や、限定承認の選択肢も視野に入れて検討してください。不安な場合は司法書士、弁護士などプロに依頼すると安心です。